朝日新聞社のウェブサイトAsahi.comの「小さな家の生活日記」というページに「コーポラティブハウスの本当の魅力」という記事(コラム)が掲載されています。
このコラムを書かれたのは作家の大平 一枝(おおだいら・かずえ)さん。
ご自身が住まわれているコーポラについての随筆です。
コーポラティブハウスの良さというか、心地よさが程良く文章中に散りばめられていて、まだ住んだことのない私にとってはとても心強い文章でした。
自分の選択は間違ってはいなかったのだろう、と。
ただ、そんなことは言っても、一緒に住む方との相性もありますし、コーポラ=全て良い、という風にはならないと思いますが、普通のマンションに比べればいい感じのコミュニティが出来上がるのでは、と思っています。
コーポラを考えていらっしゃる方に、参考になる文章だと思います。
■コーポラティブハウスの本当の魅力
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記事が消えてしまうかもしれないので、バックアップとして残しておきます。
『所有しているコーポラティブハウスの総会があった。来年度の予算や大規模修繕、空き駐車場の検討、来年度の役員などが議題だ。もう11回目なので、誰もが臆することなく自由に意見を言い合う。短い時間に効率的に意見交換があり、議題はスムーズに進む。中古の状態で、途中から入った入居者も、分け隔てなく自由にものがいえる雰囲気はとても風通しがいい。
コーポラティブハウスがみんなこうかというと、そうでもないという話を聞く。話し合いを面倒に思ったり、会う時は何も言わず、あとからメールで非難し合ったりするコミュニティーも最近はあるらしい。いや、正確には私たちが組合を結成した11年前から、そんな事例を聞いていた。安さや自由設計だけにひかれて組合に参加した人は、つながりあうことが苦手で、重いことや言いにくいことをメールで訴えたりするらしい。
間違いなく、コーポラティブハウスの最大の魅力はコミュニティーだ。建設組合を結成してから入居までに2年間かかる。その間に、気心も知れてくる。完成して、管理組合に移行するころには、懇親会も何度も経ていて飲み仲間みたいになっている。
私は、2人の子どもが小さく、足音を気にする住人がいたことから、自分が神経質になり、6年後にコーポラティブハウスを出た。「子どもの足音がみなさんに迷惑をかけなくなる年齢になるまで、注意してわかる年齢になるまで外に出ます」と言って。「気にするな、大丈夫だよ」とみんなに留められた。けれど、「子どもの足音がうるさい」と、ただのひと言も言わない大好きな隣人たちにこそ、迷惑をかけたくないと強く思った。
2歳と6歳の子どもに、「走るな」「静かに歩け」「戸を静かに閉めろ」と始終注意して過ごす毎日にも限界を感じていた。
最初の2年は友だちが、その次は上階の住人が事務所として借りてくれている。知り合いだから、用事があればいつでも訪ねられる。こだわって建てた家を、全然知らない他人ではなく、同じ建物を建てた仲間が使ってくれているとは、どれほどありがたいことだろう。
さて、昨日の総会は無事終了し、夜は懇親会でいつもの居酒屋で一部屋借り切って大宴会となった。サッカーの話、故郷の話、子どもの成長、今年は○○くんが受験だね、がんばれよと、会話はとめどなく続く。宴会が終了し、「もう1軒行きますか」「今日は、サッカーの決勝戦だからやめときましょう」と誰かが言う。やめても、ご近所さんだからいつでもまた飲める。
上司の悪口も、近所のうわさ話もない。いつもながら朗らかで明るい宴会だ。
みんなで予約を取って飲むのは年に1回、総会の日と決まっている。それ以外は、花見や花火大会のときに見物を兼ねてバーベキューを屋上でやったり、年末、12月の最終週に、「女たちの会」と称して、ふだん仕事や育児でなかなか会えない女性陣だけで集まって食事に行ったりする。その日ばかりは子どもを夫に預けて、イタリアンなどにいそいそと出かける。12月の最終週というのは忙しい時期のようにも見えるが、仕事納めも過ぎ、もろもろの忘年会も終わり、ご近所で誘い合って出かけるのにちょうどいいタイミングなのだ。
ときどき、リフォームなどをした家が、「工事中、騒音やほこりでご迷惑をおかけしました」というおわびと、「家はこんな風に変わりましたよ」というお披露目も兼ねて自宅でティーパーティを開くこともある。
どれもこれも、11年過ごす中でなんとなくそうやってきただけで、決まりはない。ベタベタしすぎずドライすぎずの案配(あんばい)が心地よい。
この関係をどこかの地で全くゼロから始めようとすると、とても無理だよね、と住人同士でよく話す。取り繕わず、自慢も中傷もせんさくもせず。誰もが自然体でゆっくり紡いできた人間関係は、かけがえのない財産であるとあらためて実感する。お金で買えない安心感である。
来月、受験の子がいて、別の住人が、きっと勝つというネーミングにあやかったチョコレートをそっと贈ったそう。「なんだか涙が出そうになっちゃった」と、ママが感激していた。
ご近所というのは、派手に誰かをサポートしたり助け合ったりするようなものでもない。だけど、心のどこかでいつも思い合っている、存在を気にしあい、見守りあう。そういう成熟した関係がコーポラティブハウスは作りやすい。まさに「現代版長屋」なのである。
「戻っておいでよ。いつでも待ってるよ」と言われ、なんともいえないあたたかな気持ちになった。離れて気づく財産の大きさ。この人たちといっしょに年をとるのも悪くないと思った。』
コーポラティブハウスの本当の魅力。
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2011年1月31日